Patriot Game 強さの意味
2014年05月01日 (木) | 編集 |
読売新聞
学校での座高測定とぎょう虫検査、来年度で廃止

 文部科学省は30日、同省令の学校保健安全法施行規則を改正し、学校での健康診断の項目から座高測定と寄生虫卵検査を外した。

 これに伴い、半世紀以上続いてきた座高測定も寄生虫卵検査も2015年度限りで廃止される。

 座高測定は戦時体制下の1937年、「胴長は健康」と考えられて始まった。徴兵の際の身体検査が学校に影響したとみられる。戦後も小中学校や高校などで続けられてきたが、以前から「測定に意味がない」「結果が活用されていない」など、関係者の間で実施を疑問視する声が出ていた。

 一方、寄生虫卵検査は58年に始まった。小学3年生以下に義務付けられ、肛門にセロハンテープを貼ってぎょう虫の卵の有無を調べる「ぎょう虫検査」を実施している学校が多い。しかし、下水道の整備や化学肥料の普及で、子供の寄生虫感染率は激減し、最近10年間の検出率は1%以下で推移していた。




おいおいおい!

ゼロちゃうんかい(゚д゚)!

て言うかいまだにやっとったんかい

検出されとるて

その1%以下はどんな症例なんだ

情報公開せよ

公衆衛生の見直しが必要だぜ(`・ω・´)

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2013年12月03日 (火) | 編集 |
読売新聞
学校から持ち帰ったメタノール、燃えて校長重体

 津市教育委員会は、市立中学校校長(58)が今月1日正午頃、自宅近くの田んぼでメタノールを燃やしていたところ、衣服に燃え移り、やけどで意識不明の重体となったと2日発表した。

 メタノールは、校長の妻で市立小学校の教頭(58)が同小から持ち帰ったものだったという。

 市教委によると、教頭は先月24日、一斗缶(約18リットル)に8割程度入ったメタノールを持ち帰る際、同小の校長に「家で処理する」と話していたという。

 メタノールは同小でアルコールランプの燃料に使われていたものとみられ、不用となり、倉庫に保管されていた。

 薬品類は通常、専門業者に委託して処分するといい、市教委は「不適切な処理だった」としている。




わからんでもない

俺が中学生の時、友達が技術科室で管理されてないクロロホルムを見つけた

何に使うわけでもないが面白かったので数人で分けた

俺は持って帰って少量を皿に取り分けてみたがこぼしてしまった

急いでティッシュで拭きとったがそのティッシュが鼻の下を通った時

鼻をぶん殴られたような衝撃が走った

慌てて振り払ったけど危険だと認識した

だからすぐさま処分した

処分は簡単だったわ

ものすごい揮発性が高くてあっという間に蒸発した

ハンカチに染み込ませて眠らせるなんてウソです

危険物はキチンと管理しましょう(;^ω^)



2013年01月22日 (火) | 編集 |
ZAKZAK
桜宮高在校生は猛抗議!「市長から具体的な理由やメリットの説明がなかった」

 大阪市立桜宮高の体育系2科の募集中止を受け、運動部の元主将ら、3年生8人が21日に市役所で記者会見した。

 生徒らはまず、「本当に残念、言葉も出ない。在校生や受験生のことを考えたら、もっと違う結果があったのではないか」と募集中止に批判的な意見を語った。

 橋下徹市長は同日午前、同校を訪問したが、「市長から具体的な理由やメリットの説明がなかった」「十分に聞いてくれなかった」と不満をあらわにした。

 教員を総入れ替えする案については「生徒の心の傷は、同じ傷を味わった先生にしか癒してもらえない」と反発。「大切な仲間を奪われ、何もできないうちに体育科を奪われ、部活を奪われ、先生も奪われてしまうかもしれない」として、今後、総入れ替え中止のために行動していく考えを示した。




大切な仲間を奪ったのはその先生です

この学校の生徒ちょっと頭がおかしいのか

暴力を受け入れそれを伝統とすら思っている

こいつらが大人になったら同じ事をするだろう

橋下市長が大なたを振るわなければと思う気持ちもわかる

俺の学校にも不沈艦と呼ばれた英語教師がいたわ

授業中ぶっ飛ばすこともあった

うちのクラスで1人血を流したこともある

他のクラスでも血の雨が降ったと聞いたこともある

俺自身も辞書でボコボコにされたことがある

雪玉パンチで大したことはなかったけど

でも熱心な先生だとか尊敬したことは微塵もない

今はもういないだろうなあ('A`)



2013年01月10日 (木) | 編集 |
産経ニュース
箱根駅伝に思う日本の競争のあり方 「低下」招いた日教組ら、米教授が指摘:作家・板谷敏彦


 正月は箱根駅伝のテレビ中継にかじりついた人も多いだろう。駅伝は他のスポーツに比べてルールが単純で誰にでもわかりやすい。また区間ごとに各チーム1人の選手が競うために各人の責任が明確で、それだけにヒューマンなドラマが数多く誕生する。寒空の下の選手たちのひたむきな姿勢と闘争心には感銘を受けた。

 昨年19位ながら総合優勝を果たした日体大は、先頭でたすきを渡す選手の顔が皆笑顔であったのが印象に残った。彼らはプレッシャーに押されるのではなく精神的な高揚を良い成績に結びつけたのだろう。一方、2位でたすきを渡す東洋大の選手の顔からは、追いつかなければならないプレッシャーからか笑顔が消えていた。2位では不満な大学もあるのだ。

 18世紀のスイスの数学者、ベルヌーイはこれを効用(満足度)という概念で説明した。各駅伝参加校はそれぞれが自己の戦力を分析し、各自の満足できる目標に向けてできる限りの激しい練習をしてくる。優勝のための練習とシード権確保のための練習の厳しさが同じだとは言わないが、その大変さに違いはない。公平な競争は多様な参加者を産み出す。誰もが優勝を目指しているわけではないのだ。

 ハーバード大学の歴史学教授、アンドルー・ゴードンの書いた近現代史「日本の200年」にはこういう記述がある。日本人があまり指摘しないポイントだ。

 「(日本の)学力主義にもとづく高校と大学の入学制度は、みごとなまでの平等主義を誇っていたが、その平等主義が1970年代から80年代にかけて大きく侵食された」。70年代に受験地獄を見かねた日教組や知識人たちが提起した「ゆとりある学校」のことである。バブルと同じ章に書かれたこの一文は日本の国際競争力低下の原因を暗示している。

 当時は古くからの公立進学高に学区制が敷かれ、できる限り競争を排除しようとした。その結果、受験生と教育熱心な両親たちは塾や私立一貫校へと走り、一流大学入学者は裕福な両親を持つ者が多くなった。受験には経済力が必要となり、社会的地位の格差や経済格差は学力格差を通じて固定化され始めたのである。

 「中国化する日本」を書いた歴史学者、與那覇潤(よなは・じゅん)のいう「身分の再固定化」を意味する「江戸時代化」である。

 大学駅伝のような公平な競争基盤があれば、裕福な者がより高みを目指す一方で、貧しい者は、人から見ればささいな目標にも、向上心を持って死ぬ気で頑張れるのである。少子化で大学全入の中、多彩な人材育成には多彩な大学入試制度は理にかなっているが、実はフラットな競争こそが多彩な人材を産み出す。昔の日本には実に多彩な人材がいたのである。




受験は公平な競争制度

金持ちも貧乏人も不良でも合格すれば一流大学に入れる

人生をやり直すことができる

個性だ自主性だという妄想を植え付けられて

勉強できなくてもオンリーワンな生き方ができると思ったら大間違い

社会はそんな仕組みになってない

社会に放り出されて騙されたと気づいても後の祭り

やっぱり子どもはガッツリ勉強させるべきだよな(´・ω・`)



2012年12月19日 (水) | 編集 |
産経ニュース
千葉の私立高校が経営破綻 文理開成高校 授業料減免生徒増加で圧迫

 千葉県鴨川市の文理開成高校(全日制生徒数153人)が5億数千万円の負債を抱え、事実上の経営破綻に陥っていることが19日、県への取材で分かった。県は同校を運営する学校法人、村山学園に対し、12月分として10日に予定していた同校への助成金約4千万円の支払いを凍結し、再建の行方を注視している。

 県によると、同校は、予備校出身の教員の高額な人件費や授業料減免制度を利用した生徒数の増加などで経営を圧迫していた。今年6月には教員への給与支払いが滞り、県は7月、学校の運営状況を調査。経営の立て直しを求めたが改善されず、経営支援先との交渉も不調が続いているという。
(中略)




バカとブスこそ東大に行け!

この手しかないな( ^ω^)